シキホール島にて Siquijor Island 1/3
島に近づくと船は急に揺れだした。セブシティを出発し、ボホル、ドゥゲマテを経て、船はシキホール島に向かっている。ドゥマゲテまではベタ凪に穏やかだった海がなのだが。よそ者が上陸することへの不快感を島が表しているようにも感じた。
筆者は2013年の4月、フィリピンのシキホール島(Siquijor Island)へ行った。もしフィリピン人の友人が居たら「シキホール島を知っているか」と訊いてみてほしい。彼らは訊かれて困惑したような表情をうかべるのではないだろうか。シキホール島とは比国随一の〝ミスティック・アイランド〟としてフィリピンでは恐れられている場所なのである。
筆者がとある東南アジア通の知人と旅行について話していた折「オカルトならフィリピン」と教えてもらい、さらに「オカルトならフィリピンと言われたのだが……」とフィリピーナの友人、アリーサに尋ねた際に「それならシキホール島ね。シキホールの映画もあるよ」と教えてもらった。同時に「絶対に行っただダメ。運良く帰ってこれても自分が誰かもわからなくなってしまうよ……」と忠告された。
紹介された映画『Siquijor -Mystic Island-(シキホール・不思議な島)』も見た。これがジメジメとした不気味な雰囲気あふれる実録風のホラーであり、救いの無さが恐ろしい辛口な秀作であった。シキホール島がフィリピンにおいてどのように認知されているのかがよくわかる映画でもある。
『TIK TIK -Aswang Chronicles-』という映画もシキホール島を舞台にした映画と言われているが、こちらは痛快なアクションホラーという趣である。しかし冒頭のトライシクルに乗り合わせた女性の不気味さ、そして劇中島民の一部が化け物として描かれている辺りにフィリピンにおけるシキホール島への恐れの感覚がよく伝わってくる。
ところで筆者のフィリピン行きにはシキホール島訪問を含めていくつかの理由があった。インターネットを通じて知り合ったマリゼルという女性に会う事、マニラの心霊スポット巡り、もちろんシキホール島の訪問、そしてシキホール島に伝わる最強の「惚れ薬」をさがす事、最終的にその惚れ薬を使ってマリゼルを私に惚れさせ、恋愛を成就する事である……。
マニラに着き、空港まで迎えに来てくれたマリゼル嬢との面会を果たす。マリゼルも筆者との出会いを喜んでくれた。インターネットを通して知り合った女性との海外での待ち合わせに成功し、得もいわれぬ感激に心が震えた事は言うまでもない。旅行の出だしは上々である。スカイプの画面上よりもはるかに、はるかに美しいマリゼルの姿に到着早々「勝った」との実感を得た。何に勝ったのかはわからない。でもとにかく心の中は大勝利であった。
明けた翌日、マリゼルへの恋慕の情に後ろ髪を引かれながらシキホール島への中継地点であるセブへと向かった。シキホール島へと向かう筆者をマリゼルはとても心配してくれた。曰く「(シキホール島では)みだりに食べ物を口にしてはいけない」とか「(シキホール島では)人と目を合わせてはいけない」とか……。どこにブラックマジックが潜んでいるかわからないと言うのだ。そして「マナナンガル(Manananggal)」という女の姿にコウモリの羽の生えた上半身だけの妖怪が居るから絶対に夜は出歩いてはいけないとも。「うんうん、僕は大丈夫」と半笑いで返す筆者に対してマリゼルはあくまで真剣であった……。
中継地点のセブに着く。正確にはセブシティと小さな海峡を挟んで隣接するラプ=ラプ市にて知人と会い、島についての情報収集をしながら過ごした。やはり一様に「食べ物に気をつけろ」と言う。食べ物を使ってあなたに魔術をかけてくるから、と。セブ・シティ在住のエリンダが話してくれた呪いがかけられた飲み物を飲もうとしてグラスを掴んだとたんにダイヤの指輪のそのダイヤモンドが割れて弾け飛んだとの話が特に印象的であった。他、マナナンガルをはじめティキバラン(Tikbalang)、カプレ(Kapre)、チャナック(Tiyanak)など島に居る妖怪の話も聞いた。妖怪に至っては特にシキホール島特有のものでもないはずなのだが、「怖い」というだけでブラックマジックも妖怪も一緒くたにされてしまっている感じもある。皆一様に島を畏れており、しかし嬉々として真偽の疑わしい噂話を口々に語ってくれた。怖い話というのは国が違えども共通した興味の対象という事である。
シキホール島自体は実はセブシティからそうも離れていないのだが、セブの住民から見ても暗黒のもやに包まれた正体不明の場所というイメージがあるようであった。私もひとりは心細いと思い、ラプ=ラプ在住の知人に「一緒に島に行ってくれないか」と誘うも「島に行った事が隣人に知られると困る」と断られてしまった。。島に行くことは誰かを呪うことと同義らしい。とにかく皆怖い話が大好きでワイワイと話してくれるのだがその実、島への畏れの感覚は真剣味充分なのである。