『スポリアリウム』を見に行ってください
おっと話が逸れました。マニラ観光の話でした。マニラにはいろんな観光スポットがありますが、そのなかでも美術館巡りはマニラ観光のお楽しみのひとつだと思います。ただ私も偉そうなことをいいながら行ったことあるのはメトロポリタン美術館とナショナル・ミュージアムだけなのですが……。『フィリピンアート道草案内』も買ったことですし、今後はもっといろいろ行ってみたいと思っています。
とりあえず今回は私が特に感銘を受けたフィリピンのナショナル・ミュージアム、特にスペインからの独立運動にも関わった国民的画家、ファン・ルナ(Juan Luna 1857年10月23日 – 1899年12月7日)の『スポリアリウム(Spoliarium)』について書いてみたいと思います。フィリピンではファン・ルナの名は通りの名前につけられたりもしており、地図を眺めていて不意に目にすることもあります。
ナショナル・ミュージアムに入ってすぐ、一階の大広間に大きな号数の絵が二点だけかけられています。一点はそのファン・ルナが描いた『スポリアリウム』という巨大な絵です。もちろん私などがこの絵について簡単には語れませんが、一見してものすごい技量を持った画家が大きな情熱を叩きつけた絵と見ることができると思います。斃れた闘士を占領下のフィリピン国民のメタファーとして描いたといわれるその画面は強烈な「泣き」にあふれており。西洋的モチーフにフィリピン的心情を滲ませた悲しい絵でもあります。絵はヨーロッパで描かれたものですが、ルナは独立運動の闘士である英雄ホセ・リサールとも交流があり、後に実弟が独立運動家として逮捕されるなどもあり、本国で絶えることなく脈打つ独立運動の動静との関連で表現において政治的に難しい面があったのかもしれません。この絵は1884年のマドリッドの絵画コンクールで金賞を獲得。同時にフェリックス・ヒダルゴという同じくフィリピンの画家が銀賞を獲得。この年はフィリピン人の文化レベルの高さを世界に示すビッグイヤーとなったのではないでしょうか。
この『スポリアリウム』と重ねてその後銃殺刑に処されたリサールが辿った運命や、独立運動が結局はスペインとアメリカの争いの具として使われる歴史などを見れば、どこか画家が祖国の未来を予感していたようにも見えます。絵はあくまで絵として見るのが作法というものかもしれませんが、ここに画家のインスピレーションと歴史との交差が生む物語をどうしても見出してしまうのです。
ナショナル・ミュージアムには他のルナ作品も数多く展示されていますが、とにかく非常に絵が上手くて小品においてはその上手さがややもすればちょっと小器用な感じに見えるところもあるのですが、このスポリアリウムにおいてはタッチからしてがかなり荒々しく、画家が巨大な画面にぶつかってゆく様が生々しく見て取れます。
先にも書きましたがこのナショナル・ミュージアム一階の大広間は『スポリアリウム』ともう一枚、ヒダルゴの『ブスタマンテ総督の暗殺』の二枚だけがかけてある贅沢な展示になってます。そして何が値打ちがあるかといいますと、こう言ってはなんですがとにかく館内が空いているのです。私も一応パリでレオナルド・ダ・ビンチのモナリザを見たことがないわけではないのですが、ガラス越しでしかもものすごい人だかりに混じって見なければならず、絵そのものよりも人混みの印象の方が強いくらいです。しかしこのマニラのナショナル・ミュージアムなら、広々とした空間に人間は私ひとり。歴史そのものである巨大名画と私とが一対一で対面する、そんな世界が心ゆくまで浸れます。こんな贅沢が他にあるでしょうか?非常にオススメですので『スポリアリウム』を見るためだけにでもナショナル・ミュージアムに行ってみてください。日曜日は入場料がタダになるので少し混みます。できれば平日の空いている時に行ってみてください。
ナショナル・ミュージアムには日本語でいうところの美術館と博物館のふたつの建物ががあり、美術館だけでも新旧合わせて膨大な数の美術品が展示されています。部屋によって常設と企画とがある感じでしたが、いまいちどこがどうなっているのかわかりませんでした。ルナだけでも結構な点数です。ルナは来日したこともあり、日本の風景を描いた絵もあります。他ではホセ・リサール自身が描いたスケッチなどもありました。
National Museum of the Philippines — http://nationalmuseum.gov.ph/